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竜の背に乗った話

星が近く感じた。
手を伸ばせば届くのではと思うくらいに。

十五、六年前のことだ。

ある、小雨のぱらつく夜、ぼくは自宅への帰り道を急いでいた。
地元の友人と遊んでいたらすっかり遅くなってしまった。
明日も朝から仕事だ。
日付はとうに変わっている。
今から家に帰って風呂に入って何時間眠れるだろうか。
幸い車なので雨に濡れる心配だけはない。
自転車しかなかったころに比べればなんと幸せなことか。
そう自分をなぐさめながらハンドルを握り直した。

ふと、何かが霊感に訴えかけてくるのを感じた。

『ごぉーん』『ごごぉ~~ん』
遠くから響く大きな音。
竜だ、と直感した。

蟲師2巻「やまねむる」より

耳に聞こえる実際の音ではない。
しかし、彼方から届く遠雷のような、そんな『声』をぼくは確かに聞いたのだ。

興味を持ったぼくはハンドルをきって、『声』のするほうへと進路を変えた。

するとどうだろう。
ある程度までは『声』が近づくものの、ここだ、という場所に着く前に再び遠ざかってしまう。

何度試しても、近づいたり遠のいたりを繰り返すばかりで、いっこうに発生源まで辿り着けなかった。

やがて『声』はだんだんと聞こえなくなり、ぼくはこの日の探索を諦めた。

後日、知り合いの霊能者にこの出来事を話してみた。

「・・・というようなことがあったんですよ。」
一体なんだったんでしょうね、と話を結んだぼくに、彼女の返事はたった一言だった。
「地下水脈だろ。」

そこはもうちょっと話をふくらませてくれないだろうか。
話題に乏しい初心者が必死にネタをひねり出しているというのにあんまりだ。

詳しく聞いてみると、以下のようなことらしい。
いわく、地下水脈などの「表面に現れていない動きや流れ」を霊感でサーチしたときは、『竜』と勘違いしやすいのだそうだ。

地図を開いて調べてみた。
なるほど、大きな川が低い山の手前で急激に方向を変えている。
反対側には湿地帯がある。

手書きのヘタな地形図

山にぶつかった川の流れの一部が地面に潜り込んで地下水脈となり、山の向こうで地上に出てきて湿地帯を作った。
そう考えれば理屈は合う。
地下水脈説はありそうだ。

あの時の場所へもう一度行ってみた。
地下水脈ということなら、雨は関係があるだろう。
条件を揃えるために、雨の日を選んだ。

『声』は以前ほどはっきりとは聞こえなかった。
『地下水脈』の”うねり”に意識を集中すると、それらしきものがキャッチできた。

第六感をたよりに探していると、ある地点で急に周りの雰囲気が変わった。

宇宙そらが近くなったように感じた。

空と地面との間の距離が無くなって、自分の立つ場所がすなわち宇宙であるかのような、
そんな不思議な感覚だった。

肉体は車の中にあった。
空には雨雲が掛かっていた。
でも、手を伸ばせば星々にも届くような気がする。

ああ、ここはきっと「特別な場所」だ。
宇宙と地球が、同じものなのだと理解できた。

思うに、地下水脈のような「表に現れていないエネルギー」は、「竜と間違われやすい」のではなく、ある意味において「竜そのもの」なのだろう。

感覚の鋭い人間が見つけて、祀ったり名前を与えたりすることで、「神」としての輪郭を得るのだ。

神の原型、 神になる前の神、 ぼくが触れたのはおそらくそういったものだ。

ぼくが「神」「竜」という認識で接触しようとしたことで、『声』は何らかの変容を遂げたのではないだろうか。
たとえば「天に昇る」というような。

その昇天に巻き込まれたとするならば、「星の存在を身近に感じる」というあの時の感覚にも、一応の説明がつくように思う。

地元を離れ、東京で暮らす今、
もうあの『声』を聞くことはない。

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